少し前のエントリーで書いたwaoシンボルマークの完成稿が出来、
今日クライアントさんお渡ししてきました。
まず候補の3点ですが 作り手の私としては
←このような想いを込めて作りました。
そして窓口になっていただいたクライアントさんから
会の皆さんに「どれが良いと思う?」と
問いかけていただいたところ
皆さんの好みは
ほぼ完全に3つに分かれてしまったそうです。
昔聞いた話ですが、
学生時代デザインを専攻されていたタレントの松尾 貴史さんが
デザインのプレゼンテーションで重要なのは案外クライアントを納得させる話術のほうで
だから彼は話術のほうをトレーニングしたとか・・・云々。
商品名とかキャッチコピーとかデザインとか・・・
なんらかイメージを象徴させるものは
一度 その物の本体や内容が定着すると 後から新たに何か作っても
なかなか最初のそれを越えられないぐらい良いものになっていくんだと思います。
私は自分の描いたものを器用に説明することを照れくさく感じてしまう性質で
今回も3点 何も言わずにお渡ししました。
3点ともタッチが同じ感じなので どことなく印象が同じだったのかもしれません。
なので 選ぶほうも決め手が無かったのかも知れませんね。
いずれにしても意見が3つに割れてしまったことを聞いた以上は
完成稿はどれかを完全に落としてしまうのは出来ないだろうし、
逆にベースにするものは 私の想いを通させてもらったほうが良いだろうとも思い
以下を完成稿としました。
会はNPO的なことをされるそうです。
このマークが実際に使われる
具体的な活動の報告が届きましたら
また追加の記事を書こうと思います。
2011-05-19
腱鞘炎(20110511)
昨年の11月ごろのある朝、左手指が固まった感じで少し痛みがあり目が覚めました。
「おぉ!これが腱鞘炎か!」
私も30年来のギター愛好者です。
今までのギターのお付き合いの中で何人もの腱鞘炎に悩む方々の話をうかがっていたので
この症状がまさに腱鞘炎とすぐに分かりました。
しかし 私の症状は今まで聞いていた話よりは遥かに軽いと思いましたし
朝起きてから昼前ぐらいまでには充分ほぐれて夜にはそれまで同様にギターが弾けました。
それと ここ1~2年はギターを弾きたいというモチベーションもすっかり下がって
たまのライブでも本番前の数日以外は楽器にはまったく触りもしない日々が続いていたので
まぁ このまま養生していればそのうち治るでしょう ぐらいに思って
-実際につい最近まで回復基調にあったので-特に治療もしないでおりました。
しかし!ところが!
先月26日夜、床に入って約一時間後 突然鳴った電話。
電話に出るのに起き上がるその瞬間。
うっかり手をつき、
すでに固まり始めていた指にも思わず力が入ってしまって。。。。
その後その晩から翌日もフルタイム。
痛みが取れないし、指も曲げられない。。
←本人の自覚としては患部は赤丸の二ヵ所。
(絵は2年ぐらい前に健康関係の本に描いたイラスト、
赤い丸はさっき書き足しました。)
本格的な腱鞘炎=ギター弾きには死刑宣告death。
すでに刑が執行されてしまったのかどうか まだチョッと自覚できない部分もありますので
執行まで少し間があることを期待して治療に通うことにしました。。。
ギター暦30数年としては 腱鞘炎の治療法について
微妙に怪しい民間療法から外科手術まで話だけは知っていて
その中で たぶんこのあたりが時間がかかっても
最小リスクで妥当なところだろうと思える治療法の見当も持っていました。
後日 思っていたような治療を受けられる治療院を
車で一時間圏内の所でみつけたので現在 中1~2日の間隔で通っています。
結果はゆっくりですが確実に快方に向かっていると実感しています。
で 話が長くなりましたがこのエントリーの本題は
治療として普段から腕を冷やさないようにしてほしいと言われて買ったサポーターのことです。
最初は冷えなければ良いのでしょうと思って100円ショップで買った指の無い長手袋にしていましたが、
う~ん 目的は達していると思うけど付け心地がどうも良くない。
邪魔に感じてしまいます。
それで昨日 ちゃんとしたものを試してみようと思い
薬局で遠赤サポータを購入。(けっこうお高いのね。。)
お店を出たところで早速つけてみました。
ウン!肌触りとか好い感じ。
わずらわしいと感じたらきっと無意識に外してしまうでしょう
ということでそのまま一晩つけて寝てみました。
これもOK。こころもち寝起き時点の指の固まり具合も緩和されている気もします。
緊張すると指先とか冷えてしまう性質なので
回復後も演奏時とか普段からつけるようにするのも良いかも知れません。
洗い替えも必要ですからあと2枚ぐらい買うことにします。
「おぉ!これが腱鞘炎か!」
私も30年来のギター愛好者です。
今までのギターのお付き合いの中で何人もの腱鞘炎に悩む方々の話をうかがっていたので
この症状がまさに腱鞘炎とすぐに分かりました。
しかし 私の症状は今まで聞いていた話よりは遥かに軽いと思いましたし
朝起きてから昼前ぐらいまでには充分ほぐれて夜にはそれまで同様にギターが弾けました。
それと ここ1~2年はギターを弾きたいというモチベーションもすっかり下がって
たまのライブでも本番前の数日以外は楽器にはまったく触りもしない日々が続いていたので
まぁ このまま養生していればそのうち治るでしょう ぐらいに思って
-実際につい最近まで回復基調にあったので-特に治療もしないでおりました。
しかし!ところが!
先月26日夜、床に入って約一時間後 突然鳴った電話。
電話に出るのに起き上がるその瞬間。
うっかり手をつき、
すでに固まり始めていた指にも思わず力が入ってしまって。。。。
その後その晩から翌日もフルタイム。
痛みが取れないし、指も曲げられない。。
←本人の自覚としては患部は赤丸の二ヵ所。
(絵は2年ぐらい前に健康関係の本に描いたイラスト、
赤い丸はさっき書き足しました。)
本格的な腱鞘炎=ギター弾きには死刑宣告death。
すでに刑が執行されてしまったのかどうか まだチョッと自覚できない部分もありますので
執行まで少し間があることを期待して治療に通うことにしました。。。
ギター暦30数年としては 腱鞘炎の治療法について
微妙に怪しい民間療法から外科手術まで話だけは知っていて
その中で たぶんこのあたりが時間がかかっても
最小リスクで妥当なところだろうと思える治療法の見当も持っていました。
後日 思っていたような治療を受けられる治療院を
車で一時間圏内の所でみつけたので現在 中1~2日の間隔で通っています。
結果はゆっくりですが確実に快方に向かっていると実感しています。
で 話が長くなりましたがこのエントリーの本題は
治療として普段から腕を冷やさないようにしてほしいと言われて買ったサポーターのことです。
最初は冷えなければ良いのでしょうと思って100円ショップで買った指の無い長手袋にしていましたが、
う~ん 目的は達していると思うけど付け心地がどうも良くない。
邪魔に感じてしまいます。
それで昨日 ちゃんとしたものを試してみようと思い
薬局で遠赤サポータを購入。(けっこうお高いのね。。)
お店を出たところで早速つけてみました。
ウン!肌触りとか好い感じ。
わずらわしいと感じたらきっと無意識に外してしまうでしょう
ということでそのまま一晩つけて寝てみました。
これもOK。こころもち寝起き時点の指の固まり具合も緩和されている気もします。
緊張すると指先とか冷えてしまう性質なので
回復後も演奏時とか普段からつけるようにするのも良いかも知れません。
洗い替えも必要ですからあと2枚ぐらい買うことにします。
2011-05-11
ピアノ曲集の表紙(20110224)
2月にピアノ曲集上・下巻用に描いたイラスト。
昨日、出来上がった本が関係者用献本として1冊づつ届きました。
今回の絵は画面中央の手描きの部分を
イラストレーターで描いた背景の中に入れてみました。
手描き部分はいかにも紙の上に描いた紙目の見える塗り方、
そして逆にPC描き部分はマットなベタ塗りにしました。
自分としては狙った(願った)通りの効果を出せたと思います。
全曲ではありませんが 各曲にもイラストを描いています。
こちらは手描きモノクロの絵です。
もう楽器店等の店頭に並んでいると思いますが
収録曲などについては版元 ドレミ楽譜出版社のウェブサイトをご覧ください。
小学生のための ピアノ曲集 (上)
小学生のための ピアノ曲集 (下)
昨日、出来上がった本が関係者用献本として1冊づつ届きました。
今回の絵は画面中央の手描きの部分を
イラストレーターで描いた背景の中に入れてみました。
手描き部分はいかにも紙の上に描いた紙目の見える塗り方、
そして逆にPC描き部分はマットなベタ塗りにしました。
自分としては狙った(願った)通りの効果を出せたと思います。
全曲ではありませんが 各曲にもイラストを描いています。
こちらは手描きモノクロの絵です。
もう楽器店等の店頭に並んでいると思いますが
収録曲などについては版元 ドレミ楽譜出版社のウェブサイトをご覧ください。
小学生のための ピアノ曲集 (上)
小学生のための ピアノ曲集 (下)
2011-05-02
waoシンボルマーク(20110501)
出来上がった!と思ったらすでにGW。
チェックはGW後かな? たぶん修正・訂正はあると思いますが
もしこのままでOKが出れば即印刷所に入れられる状態に作ってあります。
チェックはGW後かな? たぶん修正・訂正はあると思いますが
もしこのままでOKが出れば即印刷所に入れられる状態に作ってあります。
2011-04-27
原発雑感(20110427)
被災地からは数百キロ離れたところに暮らす私が
ここでこういう風に書くことは我ながら唐突な気がします。
しかし我が家にも数回の停電が起こってみて初めて感じたことなどがありましたし、
身近なところでも非常にシリアスに受け止めている友人たちがいたり、
さらに友達の親戚ぐらいまで範囲を広げると避難地帯にお住まいで現在避難中の方もいたりして
私の立場でも原発について何も思わないというスタンスではいられないような気がしています。
ただ 学生時代から理系科目は(も?)全滅だった私が
ごく平凡なニュースソースで語られていることから判断して
今日現在思っていることなので まぁ その程度のこととして見ていただければ幸いです。
1.
アトムやサイボーグ009とか、ロボットアニメの初回放送をリアルタイムで見ていた身としては
科学技術に大きな明るい夢と未来を感じていた子供でした。
もちろん そんなアニメも お話や背景は「戦い」であることが多いですし、
現実の科学技術の進歩の歴史が戦争のための技術開発と重なっている場合が多いことも知ってはいました。
だから「○○のためには多少の犠牲は必要」なんていう「言い方」も知っていましたし
自分も世の中はそういうものだと思っていた時期もありました。
チョッと横道ですが、
今は「○○のためには多少の犠牲は必要」なんていう「言い方」は嫌いです。
○○は戦争とか正義とか開発とか…、
この言葉を言う人に
自分がその犠牲の当事者になるという想像があって言っていると感じる人に出会った記憶がありません。
タカ派政治家でも 自分が多くの兵隊や国民を死なせてしまう
「苦渋の決断をする司令官」になるかも という想像があっても
自分が個人的には何の恨みもない相手兵士を悪と見立てて
泥沼の中で殺したり殺されたりの戦闘をする当事者になるといった、
そういう想像があって言っているとは思えないんです。
で本題ですが、世に中「多少の犠牲」は是と(漠と)思っていた少年時代、
原発はいわゆる「人類の英知の結晶の一つで推進すべきもの」と見ていました。
そういえば 「巨人の星」もリアルタイムで見ていた子供でした。(また横道か?)
難しいコースに針の穴を通すコントロール。
そういう高度な技術を持つ主人公は実にカッコ良いもので、
現実の世界でもそういうレベルの技術に出会うと本当に驚くばかりで
それを出来る人にはひたすら尊敬です。
ただ 「巨人の星」では1つの魔球が打ち崩されると
試合になるレベルのピッチングがまったく出来ない。
こういうAll or nothingはマンガではドラマチックで良いのでしょうけど、
現実のプロの仕事がそれでは困ってしまいます。
事故以来のニュースでの解説を見ていると
規模や安定性を維持しようと思うと
原発の技術もたぶん「難しいコースに針の穴を通すコントロール」の一つだったのかなと思います。
一方 電気を使う道具は専門的な機械から家庭の中のごく平凡な道具まであります。
むしろ電気そのものが「社会や生活の隅々まで支える平凡な道具」と言ってもいいぐらいじゃないでしょうか。
だから針の穴を通すような高度な技術が実現できて、
それを行う人がどれほどカッコ良く尊敬できる存在に見えても
トラブルそのものやそれに起因する影響の大きさ、回復の難しさから
そんな高度な技術で平凡な日常の基盤部分を支えるべきではない
と 今回起こったことを通じて実に身にしみて思いました。
2.
じゃあ 電力の需給はどうする?となると
それなりの消費量がある当面は原発も不可避なのかもしれませんが
それはそれとしても 今までの原発とそれ以外の発電方法の開発への注力の仕方は
「生活の隅々まで支える平凡な道具の提供」という大命題に端的でなかったような感じがして、
そこに疑義が残る以上 いわゆる原発推進派の人たちの言い分を素直に聞けない自分がいます。
よく聞く設問で 新しい技術の開発者や素材の発見者、新しい表現を構築した芸術家とか
「もし 彼・彼女が生まれなかったらどうなっていたか」。
それらの技術も表現も無ければ無いだけで
それ以前の過去に何か変化があるわけではないですから
後から考えれば何かが失われたような気がしますが、
実は何も変わらない それまで日常の営みが少し長く続くだけのことでしょう。
(遅かれ早かれ誰かが見つけるまで)
原発が作られなければ、(今から見れば)その分を差し引いた電力供給の社会が続いていたか
(原発ほどでなかったとしても)別の方法の発電分が加算された電力供給の社会で
世の中はそれに合わせた生活をしていて 何かが失われているとは感じないんじゃないでしょうか。
求めるから与える。
普通に「仕事」とはそういうものかも知れません。
しかし供給能力を上回る需要に応えようとすれば品質を落とすとか、
労働力を不当に搾取するとかで、
滅多には起こらない「イノベーション」以外はあまり正当な方法は無く、
今回の原発については供給者がカバーしきれない大き過ぎるリスクを溜め込むことで供給を可能にしていたのだと思います。
もはや原発が存在しなかった過去には戻れないですから
電力の需給については 発電の方法とともに社会としてそれなりの生活の仕方を考え出すのだと思います。
私個人としても不便過ぎない程度の節電に励むしかないのでそうします。
そして今回気になっていることがもう一つあります。
3.
件の原発から半径○(多分変わると思うので)kmの避難地域。
道路も封鎖され ただ避難せよ、避難しなければ10万円罰金(?)とか。
政府がどの程度の将来に在住者が自宅に戻れるかや
最終的にどういった保障を考えているのか たぶんまだ発表されていないと思います。
しかし洗濯物も取り込む間もないぐらいの勢いの避難指示が行われて
その上避難生活がかなり長期間になるとしたら
手で持てる現金・預貯金以外のほぼ全ての財産を放棄しなさい
と言われているような状態ではないのでしょうか。
田舎のほうとは言え土地には値段があったでしょうし 地主と呼ばれる資産家もいたでしょう。
土地を担保にして事業をしていた人もいるでしょうし どの家だって中古で売りに出せばちゃんと値段のつく家だったでしょう。
しかし今後土地が放射能汚染された経歴があることになってしまうと
人間の健康に問題が無いレベルだと言ったとしても、
それ以前の資産価値には遠く及ばないものになるかもしれないし
今まで住んでいた世代が郷愁があって戻るとしても
生産力の無い土地に新しい世代が入っていくのか、新しい事業が起こせるのか。
それに原発運営の当事者の言う「想定外」という言い方。
「想定外」と言ってしまうと 「有り得ない」はずのことが「想定外」ですが、
しかし実際に起こったのですから
他の50数基の原発が各所の想定内で安全だったとしても
想定外はのことは有り得るということでもあります。
(UFOや心霊の写真だって「たった一例の絶対の本物」がありさえすれば
存否の論争は無くなりますものね。)
すると 今回の一例の事故とその対応の仕方で
他の50数ヶ所が何も起こらなくても土地の評価としては
自動的に避難地域と同じ状態や扱いになるんじゃないでしょうか。
原発はそれぞれの地元を支える重要な働き場所になっているのだとは思いますが
やはり既存施設も一~二世代を養う職場程度の移行時期を許容するとしても全廃の方向が良いのではと今は思っています。
ここでこういう風に書くことは我ながら唐突な気がします。
しかし我が家にも数回の停電が起こってみて初めて感じたことなどがありましたし、
身近なところでも非常にシリアスに受け止めている友人たちがいたり、
さらに友達の親戚ぐらいまで範囲を広げると避難地帯にお住まいで現在避難中の方もいたりして
私の立場でも原発について何も思わないというスタンスではいられないような気がしています。
ただ 学生時代から理系科目は(も?)全滅だった私が
ごく平凡なニュースソースで語られていることから判断して
今日現在思っていることなので まぁ その程度のこととして見ていただければ幸いです。
1.
アトムやサイボーグ009とか、ロボットアニメの初回放送をリアルタイムで見ていた身としては
科学技術に大きな明るい夢と未来を感じていた子供でした。
もちろん そんなアニメも お話や背景は「戦い」であることが多いですし、
現実の科学技術の進歩の歴史が戦争のための技術開発と重なっている場合が多いことも知ってはいました。
だから「○○のためには多少の犠牲は必要」なんていう「言い方」も知っていましたし
自分も世の中はそういうものだと思っていた時期もありました。
チョッと横道ですが、
今は「○○のためには多少の犠牲は必要」なんていう「言い方」は嫌いです。
○○は戦争とか正義とか開発とか…、
この言葉を言う人に
自分がその犠牲の当事者になるという想像があって言っていると感じる人に出会った記憶がありません。
タカ派政治家でも 自分が多くの兵隊や国民を死なせてしまう
「苦渋の決断をする司令官」になるかも という想像があっても
自分が個人的には何の恨みもない相手兵士を悪と見立てて
泥沼の中で殺したり殺されたりの戦闘をする当事者になるといった、
そういう想像があって言っているとは思えないんです。
で本題ですが、世に中「多少の犠牲」は是と(漠と)思っていた少年時代、
原発はいわゆる「人類の英知の結晶の一つで推進すべきもの」と見ていました。
そういえば 「巨人の星」もリアルタイムで見ていた子供でした。(また横道か?)
難しいコースに針の穴を通すコントロール。
そういう高度な技術を持つ主人公は実にカッコ良いもので、
現実の世界でもそういうレベルの技術に出会うと本当に驚くばかりで
それを出来る人にはひたすら尊敬です。
ただ 「巨人の星」では1つの魔球が打ち崩されると
試合になるレベルのピッチングがまったく出来ない。
こういうAll or nothingはマンガではドラマチックで良いのでしょうけど、
現実のプロの仕事がそれでは困ってしまいます。
事故以来のニュースでの解説を見ていると
規模や安定性を維持しようと思うと
原発の技術もたぶん「難しいコースに針の穴を通すコントロール」の一つだったのかなと思います。
一方 電気を使う道具は専門的な機械から家庭の中のごく平凡な道具まであります。
むしろ電気そのものが「社会や生活の隅々まで支える平凡な道具」と言ってもいいぐらいじゃないでしょうか。
だから針の穴を通すような高度な技術が実現できて、
それを行う人がどれほどカッコ良く尊敬できる存在に見えても
トラブルそのものやそれに起因する影響の大きさ、回復の難しさから
そんな高度な技術で平凡な日常の基盤部分を支えるべきではない
と 今回起こったことを通じて実に身にしみて思いました。
2.
じゃあ 電力の需給はどうする?となると
それなりの消費量がある当面は原発も不可避なのかもしれませんが
それはそれとしても 今までの原発とそれ以外の発電方法の開発への注力の仕方は
「生活の隅々まで支える平凡な道具の提供」という大命題に端的でなかったような感じがして、
そこに疑義が残る以上 いわゆる原発推進派の人たちの言い分を素直に聞けない自分がいます。
よく聞く設問で 新しい技術の開発者や素材の発見者、新しい表現を構築した芸術家とか
「もし 彼・彼女が生まれなかったらどうなっていたか」。
それらの技術も表現も無ければ無いだけで
それ以前の過去に何か変化があるわけではないですから
後から考えれば何かが失われたような気がしますが、
実は何も変わらない それまで日常の営みが少し長く続くだけのことでしょう。
(遅かれ早かれ誰かが見つけるまで)
原発が作られなければ、(今から見れば)その分を差し引いた電力供給の社会が続いていたか
(原発ほどでなかったとしても)別の方法の発電分が加算された電力供給の社会で
世の中はそれに合わせた生活をしていて 何かが失われているとは感じないんじゃないでしょうか。
求めるから与える。
普通に「仕事」とはそういうものかも知れません。
しかし供給能力を上回る需要に応えようとすれば品質を落とすとか、
労働力を不当に搾取するとかで、
滅多には起こらない「イノベーション」以外はあまり正当な方法は無く、
今回の原発については供給者がカバーしきれない大き過ぎるリスクを溜め込むことで供給を可能にしていたのだと思います。
もはや原発が存在しなかった過去には戻れないですから
電力の需給については 発電の方法とともに社会としてそれなりの生活の仕方を考え出すのだと思います。
私個人としても不便過ぎない程度の節電に励むしかないのでそうします。
そして今回気になっていることがもう一つあります。
3.
件の原発から半径○(多分変わると思うので)kmの避難地域。
道路も封鎖され ただ避難せよ、避難しなければ10万円罰金(?)とか。
政府がどの程度の将来に在住者が自宅に戻れるかや
最終的にどういった保障を考えているのか たぶんまだ発表されていないと思います。
しかし洗濯物も取り込む間もないぐらいの勢いの避難指示が行われて
その上避難生活がかなり長期間になるとしたら
手で持てる現金・預貯金以外のほぼ全ての財産を放棄しなさい
と言われているような状態ではないのでしょうか。
田舎のほうとは言え土地には値段があったでしょうし 地主と呼ばれる資産家もいたでしょう。
土地を担保にして事業をしていた人もいるでしょうし どの家だって中古で売りに出せばちゃんと値段のつく家だったでしょう。
しかし今後土地が放射能汚染された経歴があることになってしまうと
人間の健康に問題が無いレベルだと言ったとしても、
それ以前の資産価値には遠く及ばないものになるかもしれないし
今まで住んでいた世代が郷愁があって戻るとしても
生産力の無い土地に新しい世代が入っていくのか、新しい事業が起こせるのか。
それに原発運営の当事者の言う「想定外」という言い方。
「想定外」と言ってしまうと 「有り得ない」はずのことが「想定外」ですが、
しかし実際に起こったのですから
他の50数基の原発が各所の想定内で安全だったとしても
想定外はのことは有り得るということでもあります。
(UFOや心霊の写真だって「たった一例の絶対の本物」がありさえすれば
存否の論争は無くなりますものね。)
すると 今回の一例の事故とその対応の仕方で
他の50数ヶ所が何も起こらなくても土地の評価としては
自動的に避難地域と同じ状態や扱いになるんじゃないでしょうか。
原発はそれぞれの地元を支える重要な働き場所になっているのだとは思いますが
やはり既存施設も一~二世代を養う職場程度の移行時期を許容するとしても全廃の方向が良いのではと今は思っています。
お誕生日会Live後日談2(20110424)
記事が前後してしまったような気がします。
まずはこちらのお礼を先にしないといけませんでした。
沢山のお花やプレゼント 本当にありがとうございました。
こんな風に飾らしていただいています。
おかげさまで部屋の中がすっかり華やいでいます。
22日にお会いしたルチルさんもありがとうございました。
お花、こんな風に飾らしていただいていますよ。
まずはこちらのお礼を先にしないといけませんでした。
沢山のお花やプレゼント 本当にありがとうございました。
こんな風に飾らしていただいています。
おかげさまで部屋の中がすっかり華やいでいます。
22日にお会いしたルチルさんもありがとうございました。
お花、こんな風に飾らしていただいていますよ。
2011-04-26
お誕生日会Live後日談1(20110424)
毎年のバースデイライブの当日配布のプログラム。
ここ数年は簡単なものしか作っていなかったんですけど
今年は参加してくれる皆さんの記念になれば良いなと思って
少しだけ凝ったものを作ってみました。
A4の用紙でこんな風に折り込むようになっています。
最初の状態。
一折り目を上に開けると私の挨拶の言葉が現れます。
二折り目を下げて前半2組のプログラムが現れます。
右下に休憩前のおまけ参加 miku-mikuのプログラムも書いてみました。
miku-mikuも一生懸命練習してくれていて
最近はとても好い演奏をしてくれるようになっているんですが
他の皆さんは音楽大学まで行かれていたり、20年、30年と演奏活動を続けてこられた方々ですから 同じレベルでプログラムに並べるのは少し躊躇があってこんな風にしました。
(miku-mikuゴメン。でも芸事の道は厳しいのです)
さらに三折り目を下げて フルオープン。
後半2組のプログラムが現れます。
ここ数年は簡単なものしか作っていなかったんですけど
今年は参加してくれる皆さんの記念になれば良いなと思って
少しだけ凝ったものを作ってみました。
A4の用紙でこんな風に折り込むようになっています。
最初の状態。
一折り目を上に開けると私の挨拶の言葉が現れます。
二折り目を下げて前半2組のプログラムが現れます。
右下に休憩前のおまけ参加 miku-mikuのプログラムも書いてみました。
miku-mikuも一生懸命練習してくれていて
最近はとても好い演奏をしてくれるようになっているんですが
他の皆さんは音楽大学まで行かれていたり、20年、30年と演奏活動を続けてこられた方々ですから 同じレベルでプログラムに並べるのは少し躊躇があってこんな風にしました。
(miku-mikuゴメン。でも芸事の道は厳しいのです)
さらに三折り目を下げて フルオープン。
後半2組のプログラムが現れます。
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